情報の海の泳ぎ方

現代人が1日に触れる情報量は、平安時代の一生分、江戸時代の1年分というようなことを聞いたことがある。

僕には、情報量というよりも知識量という方がピンとくるけど。

五感を通して入ってくる「情報量は」昔もいまもそんなに変わらないんじゃないかと思うから。

むしろ、昔の人の方が、ひとつのモノやコトから多くの情報を得ていたのではないかな。というのを、色の名前の多さとかから感じる。

例えば、赤い色を表す言葉だけでも、御所染・御所染・槿花色・槿花色・紅葉色・紅葉色・萩色・萩色・一重梅・海老色……と、何十もあるのは、それだけ情報を感じる感性が高かったからと言えるのでは。

というわけで、情報の海の泳ぎ方について。

ツイッターを眺めていたら、

「現代は情報が溢れているから、それに飲み込まれないように、友人知人など信頼できる人の情報だけを取り入れるようにしましょう」

というようなことを書いてる人がいた。

それって、危険なアドバイスじゃないかな。

フィルターのかかった情報だけを集めることになって、それこそ頭でっかちになってしまう。

情報の海に飲み込まれるというのは、海水を飲み込むように情報を溜め込んで、重くなった体が沈んで行くようなものではないか。

ならば、いちいち飲み込むのをやめてプカプカと泳げばいいだけでは?

受験勉強で、様々な知識を暗記するする癖があるからか、入ってきた情報を貯めようとする人が多い気がする。

ググればなんでも出てくる世の中で、情報そのものにはほとんど価値はないんだから、知ったら忘れるくらいのスタンスでいればいい。

大切なのは、複数の情報から上位概念を抽出したり、一見、無関係に見える情報を結びつけることでアイデアを考えることなのだから。

誤解を恐れずに言えば、情報をいちいち真に受けないようにして、受け流していけば、情報の海に溺れることはない。

そもそも、自分が興味を持ってることや、必要な情報しかアンテナにひっかかって来ないはずなのに、いろんな情報に振り回わされるのは、アンテナが立ってないか、立て方を間違ってるとも言える。

僕は、自分の興味のあるトピックや、仕事で必要なトピックについてアンテナを立てていて、それ以外の情報には死ぬほど無頓着(笑)

アンテナのことをハッシュタグ情報だとすると、最近興味がある#は、

#哲学 #植草甚一 #世界史 #植民地 #武道 #抽象度 #江戸時代 #デリバリービジネス #米 #ナパバレー #内田樹 #ダイエット #宇宙

みたいな感じで、これらに関する情報だけを受け取るように過ごしてる。

そして、知ったら忘れてる。

だから、また新しい情報が入ってくる。の繰り返し。

そしてそれらがアイデアの素となって、仕事や人生の役に立ってる。

情報の海に飲み込まれないようにしようと抵抗するんじゃなくて、情報の海をぷかぷかしながら楽しもうと考えたら、情報の海はワンダーランドに思えるんじゃないかな。

おもしろタノシズム万歳。