ライスワークとライフワーク

ライスワークとライフワークという言葉をよく目にするようになりました。

生活するためのお金を稼ぐために仕方なくするのがライスワークで、本当にやりたいことだけどなかなかお金にならないのがライフワークという感じでしょうか。

ライスワークという言葉には、なんとなくネガティブな印象があります。

と書きながら

ちょっとググってみたところ実はそうでもないことがわかったのですが、僕が書きたいことの都合上(おいっ!)、ライスワークは食べるために仕方なくする仕事という前提で話を進めます。

僕はひょんなことから、ほぼ未経験なのにデザイン会社を作って仕事をしてきたので(子供の頃になんとなく憧れてた)デザインの仕事ができるだけで嬉しくて、ライスワークとかライフワークみたいな線引をしたことがありません。

ついでに書くと、ワークライフバランスというのも考えたことがないし

それはお前がラッキーなだけで世間のほとんどの人は食べていくために折り合いをつけながら仕事してるんだ!(怒)

という方もおられることでしょうし、僕は恵まれているのかもしれません(鈍感なだけかもしれない)。

ただ、今回はライスワークとライフワークのどっちがいいとか、分けるべきか否かというような話しではなくて、ライスワークという言葉についてふと思ったことなんです。

副業が解禁されたりパラレルワーカーみたいな方も増えてるいま、ライスワークで「最低限の生活費」を稼いだら、余った時間に好きなことをやって稼ぐ。そして、好きなことで十分稼げるようになったら、ライスワークをやめてライフワークに移行する。

というような考え方の人が増えてるよう気がしたのがきっかけ。

ライスワークって、ライスを直訳すると「米」とか「ごはん」になるので、まさしく「食べるため」であり、僕には「飢えをしのぐための最低限の食事」ってイメージなんですよね。

なんか貧乏くさい。

昔は企画やデザインの仕事でいろんな会社の会議に参加することがあったのですが、ある会社の社長が参加者のテンション低めの会議で(もっと稼いで)「いい車に乗りたいと思わないのか!」「旨いものを食べたいと思わないのか!」と劇を飛ばされたことがありました。

当時でも、シーンとしらけムードが漂うような発言だったし、いまならパワハラやモラハラと受け取られるかもしれないアナクロな発言。

でも、ライスワークという言葉について考えていた時、(ふと思い出して)そういう考え方もありじゃないかと気づいたのです。

どういうことかというと、ライスワークはごはんを食べるための仕事なんだけど、ごはんを豪華にすればいいんじゃないかということ。

高級ホテルの鉄板焼や、銀座の寿司屋で値段をきにせず腹いっぱい食べるという「ライス」のためのワークをするみたいな感じ(例えが貧困で我ながら情けない限りですが)

イメージもテキトーで申し訳ありません

どうせ食べるために仕事するなら、ご馳走を食べるためだと考えるほうがやる気が出るし少しは楽しくなるのではないでしょうか。

もちろん、値段の高いご馳走を食べるということ自体が「比喩」であって、ライスワークといえども一段高いところを目指して仕事するほうが(結果的に)自分のためになるんじゃないかということですよ。

食べるためとはいえ、毎日8時間とかを費やす「ワーク」を嫌々やったり、手を抜いたりしてたら、それこそもったいないと思うんですよね。

仕事そのものにも失礼な気がしますし。

どうしてもそうは思えないライスワークなら転職するのもありでしょう。

そんな風に考えてライスワークしてたらいつのまにかライフワークになってた。

なんてことが起こるかもしれません。

以上、ライスワークという言葉について僕が感じたことでした。
あくまでも個人の見解です。

さて、仕事しますか!

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