
「商売は我を捨てる修行なんだよ」
って、ある本に書いてあった言葉。
それを読んだ当時は、自分が売りたいものを売るんじゃなくて、お客さんが欲しいものを売るのが商売だというような意味だと解釈してた(過去形)。
そこだけを考えると、自分が好きなものを売るんじゃなくて、お客さんが好きなものを売るとか、自分がやりたいことをするんじゃなくて、お客さんにやりたいことをしてもらう的な印象で
「自分を主張せずに、お客さんの要望を聞く」
のが商売なのかなと思えて、なんだか窮屈だなと感じたのも事実。
どこかのラーメン屋さんの大将が、俺の作るラーメンは世界一だ!と言っても、お客さんにウケなければお店は潰れるし、いろんな企業でも、何がウケる(売れる)か?を調べたり考えたりするマーケティングを行うのは普通のこと。
その流れで書くと、商品やサービスを作るとき、みんなが求めているものを調べて作るのがマーケットイン、こんなの欲しがってる人がいるんじゃないか(自分なら欲しい)と考えて作るのがプロダクトアウト、という考え方があるけど、僕は断然プロダクトアウトがいいと思ってた(過去形)。
プロダクトアウトの例で言うとアップルなんかまさにそうですね。
マーケティングリサーチの中からはiPhoneは生まれてないと思う。
みんながiPhoneを見たときに初めて「こういうの欲しかった」と気づいたんじゃないかな。
逆の事例で書くと、昔(過去形)、飲食店に行ったときにテーブルにアンケート用紙があって「どんなメニューが食べたいですか?」的なことが書いてあると、「そんなことお客さんに聞かずに自分で考えたらいいやん!」「もっと頭使って考えたらいいやん!」とイラっとしてたこともありました(過去形)。
すでにお気づきの方もおられるかもしれませんが、何度か、わざわざ(過去形)と書いてるように、現在は、そう思ったり考えたりしていませんというのが、今回のお話しです(周りくどっ)。
僕が、よく言ってる視点移動思考で考えてみると、「商売は我を捨てる修行」というのは、自分のことよりも他人(お客さん)のことを優先するというような意味じゃなくて、小さなことに拘らずに、もっと大局的に考えるようにしようという話なんだと思う。
だから
「我を捨てる修行」と言うのは「自分(我)の殻を破る修行」
とも言える。
つまり、視点移動思考で、「商売は我を捨てる修行なんだよ」を翻訳すると「商売はみんなを幸せにすることを考えることなんだよ」となります。
(何が「つまり」なのかよくわからない点は置いておいてね)
有名な、近江商人の「三方よし」という考え方に通じるものがありますね。
そういえば近江商人の商売訓のなかに
「無理に売るな、客の好むものも売るな、客の為になるものを売れ」というのもありました。
素晴らしい!近江商人スゲー。
と、またまた、いつものように脱線気味ですが
何が伝えたいかと言うと
自分の売りたいものと、お客さんが求めてるもののどちらを優先するべきか?
とか
マーケットインかプラダクトアウトのどちらの考え方で行くべきか?
みたいに
線引きして考えるんじゃなくて、もっと抽象度を上げて考えてみるといいですよということ。
そういう視点に立ってみると、自分が大好きなものや自分が欲しいものを作ったり売ったりするのもぜんぜんありですし、お客さんに何が欲しいか聞いてみるのもぜんぜんあり。
要は、ハッピーな人が増えればいいんですから。
商売の話に限らず、「どうすればいいんだろう?」「どちらを選べきかな?」と悩んでる時って、視点が下がって「我」が強くなってる。
もっと言うと自分の損得ベースになってます。
だから視点移動思考で頭をぐるぐるさせて抽象度を上げることが大事。
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